東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)226号 判決 1985年10月31日
原告
ツオモ・ハロネン・オユ
被告
特許庁長官
右当事者間の昭和58年(行ケ)第226号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
特許庁が、昭和58年6月1日、同庁昭和57年審判第6771号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1973年(昭和48年)3月9日、フインランド国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和49年3月8日、名称を「液体製品を含有するパツケージの内容検査法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和49年特許願第26405号)をしたところ、昭和56年11月20日拒絶査定を受けたので、昭和57年4月12日、これを不服として審判の請求(昭和57年審判第6771号事件)をしたが、58年6月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年7月27日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
たとえば殺菌牛乳製品のような液体製品を含有するパツケージの内容検査法において、基台上に置いた閉鎖パツケージに短い衝動的な運動の開始および停止を与え、前記パツケージの内容物の水力学的性質に依存する前記基台の運動開始時の加速度または前記基台停止時の振動を前記パツケージが平衡状態に達する前に測定し、この結果得られた値を予め選択した基準値と電子的に比較し、次いでパツケージの合否をこの比較を基礎として定めることを特徴とする、液体製品を含有するパツケージの内容検査法。
3 本件審決の理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された特公昭47―26919号公報(以下「引用例」という。)には、容器が装着されている自由振動可能な振動装置の容器に時間の経過に伴つて凝固する性質を有するゾルを収容し、この振動装置を、例えば駆動ソレノイドにより振動させて、容器を自由振動状態とし、その振動が時間の経過に伴うゾルの凝固によつて変化するので、その振動の周期の変化を電子的に検出し、それによつてゾルの凝固時間を測定することが記載されている。
本願発明と引用例記載の発明とを比較してみるに、引用例記載の発明は、ゾルが凝固するまでの時間を測定しているが、その実際に測定している因子は、各時点の液の性質(粘性などの水力学性質)に基づく運動の因子であるから、両者は、液体を収容した容器を運動させ、その液体の水力学的性質に基づいて表れる基台の運動の状態をそれに関連する因子について、容器中の液体の状態が平衡に達する前に測定し、測定された因子の値を予め選定された基準値と電子的に比較して、液の性質を測定する点において共通しているといえるが、(1)本願発明では、パツケージ内に収容された液体を検査するものであるのに対し、引用例記載の発明では、パツケージ内に収容されていない液体を測定の対象とし、その液体を振動装置に装着された容器に入れて測定する点、(2)本願発明では、ある時点の液体の性質を測定することを目的とし、そのために短時間である衝動的な運動の開始及び停止を与え、基台の運動開始時の加速度又は前記基台停止時の振動を測定しているのに対し、引用例記載の発明では、ゾルが凝固する時間を測定することを目的とし、そのために振動装置が自由振動となるように十分な振動を与え、その振動の周期を測定している点において相違している。
そこで、これらの相違点について検討すると、(1)の点については、引用例記載の発明においても測定すべき液は容器内に入れられて測定されており、測定に当たつてその容器の形態は問わないところであつて、その容器が振動装置に固定されて設置されたものでなくてもよく、他から振動装置に固定できるものならよいことは明らかであつて、その容器を液体を予め収容している容器とすることは適宜なし得るところである。また、(2)の点については、引用例記載の発明は、ゾルの凝固が終わるまで液の性質を調べる必要があるので、その凝固が終わるまでの比較的長時間にわたつて測定をしているが、各時点では液の性質に基づいて表れる振動状態を測定し、それを与えられた基準状態と比較しているものであるため、各時点をとつてみれば、引用例記載の発明の測定の仕方は、前記した意義において本願発明の測定の仕方と変わるところがない。そして、両者の運動状態をみると、引用例記載の発明では当初十分な自由振動を与えているが、これはある時間継続して測定するためであつて、ある時点のみの振動周期をみるためであるならば、短時間の振動をする程度の運動でよいものである。更に、引用例記載の発明では、液体の性質に基づいて表れる装置の振動の周期を測定しているが、その測定原理は、「容器2の振動は内部の未凝固血液の慣性によつて遅れ勝ちとなり」(引用例第1頁第2欄第37行ないし第2頁第3欄第1行)、それによつて表れる振動周期の位相差を検出するものであるところ、前記の慣性は、運動の速度が変化したとき、すなわち、加速度があるときに表れる性質であるから、位相差を測定することは、加速度を間接的に測定しているのと同意義のことである。そして、測定においては、ある要素の状態は、一つの因子のみによつて計れるものに限らず、種々の別の因子によつて計ることができるものであつて、引用例記載の発明においては、前述のように、液体の性質が「慣性」という因子を介して表れることが分かつている一方、その「慣性」は加速度によつてそれを知ることができるのであるから、その「慣性」の大きさを振動運動における位相差という因子ではなく、むしろ物理的には根原的な加速度という因子によつて計ることができることは明らかである。してみると、本願発明の(2)の点の構成は、引用例記載の発明から適宜なし得る程度のものであり、これらの点について別言すれば、不透明な瓶などの密封容器に入つている液の量や性質(状態)を知るために、それを振つてみて液の振れ具合を手に伝わる触感や音感で感知し、判断することは、日常生活や醸造分野、実験室などで常に経験することであるから、その際の振動の検出、比較を電子的手段によつただけでは、格別困難性があるとは到底いえない。そして、容器に入れた液体に容器ごと運動を与え、そのとき表れる物理量の因子を測定すると、その液体の性質、状態を知ることができることが既に知られているから、本願発明の効果は顕著なものではない。
したがつて、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 本件審決を取り消すべき事由
引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであること、並びに本願発明と引用例記載の発明との間に本件審決認定のとおり前記(1)の相違点があること、及び右相違点についての本件審決の認定判断は認めるが、本件審決は、本願発明と引用例に記載された発明との目的及びその余の構成上の相違並びに右相違からもたらされる顕著な効果上の差異を看過して、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる、としたもので、この点において判断を誤つた違法があり、取り消されるべきである。すなわち、
1 目的の差異について
従来、牛乳を含有するパツケージの良否を判別する検査方法として、可視光線、赤外線、放射線、超短波等を使用する方法が考えられていたが、可視光線、赤外線を使用する方法は、アルミニウム箔を添着したセルロース及びプラスチツクからなるパツケージには使用できず、また、X線、ガンマ線及びベータ線等の放射線を使用する方法は、パツケージの底部に沈澱物が形成される場合だけにしか使用できず、超音波を使用する方法は、検査に長時間を要し、多量のパツケージを迅速に検査することは不可能であるという欠点があつたことから、右課題を解決し、液体製品、殊に殺菌状態でパツクされた牛乳製品を収容した多量のパツケージの内容を迅速に検査し、パツケージの合否を決定することに本願発明の目的があるのに対し、引用例記載の発明の目的は、従来、血液の凝固時間を測定する方法として、例えば、容器に収容した血液を約37度(摂氏)に保ちつつ撹拌棒でかきまわし、撹拌棒の回転が困難になるか、あるいは回転が完全に停止するまでの時間をストツプウオツチで測定するという方法がとられていたが、このような測定方法では、凝固時間を測定中は終始監視していなければならず、非常に面倒であり、また、測定時における凝固の判定が主観的で個人差による誤差が大きく、信頼度に欠ける欠点があつたことから、右課題を解決し、ゾル、特に採取された血液の凝固時間が装置を一旦測定状態にセツトすれば、後は自動的に測定され、しかも測定に個人差が全くなく、極めて正確に凝固時間を測定することのできる凝固時間測定装置を提供することにあるのであつて、その目的を異にしており、しかも、本願発明と引用例記載の発明とでは、前記のように技術分野を異にする発明であるから、本願発明の目的は、引用例記載の発明の目的から予測することはできないものである。
2 構成上の差異について
本願発明は、前記目的を達成するために、その特許請求の範囲に記載のとおり、パツケージに短い衝動的な運動の開始及び停止を与え、パツケージの内容物の水力学的な性質に依存する基台の運動の開始時の加速度又は基台停止時における平衡状態に達するまでの振動を測定し、パツケージの合否を決定するという構成を採用したのに対し、引用例記載の発明では、時間の経過に従つて凝固する性質を有するゾルを自由振動させ、この自由振動の変化を測定してゾルの凝固時間を測定するという構成を採用したものであつて、両者は発明の構成を異にしている。すなわち、本願発明は、最初パツケージに短い衝動的な運動の開始及び停止を与えるだけで、それ以上振動を与える必要がなく、前記振動をパツケージが平衡状態に達する約0.1秒ないし0.3秒間測定するだけでパツケージの内容が検査できるのに対して、引用例記載の発明では、時間の経過に従つて凝固する性質を有するゾルをある時間継続して十分な自由振動を与えることが必要不可欠であり(例えば、甲第6号証によれば、血液の場合、凝固時間の測定に5分ないし15分間要する。)、ゾルに単に衝動的運動及び停止ないしは短時間の振動を与えるだけでは、ある時点でのゾルの振動周期をみることができるだけで、ゾルの凝固時間を測定することはできない。また、本願発明では、振動の測定値と予め選択した基準値との比較を基礎としてパツケージの合否を決定しているのに対して、引用例記載の発明には、本願発明のように、良品と不良品を判別するという構成は具備されておらず、また、こうした構成を示唆するところもなく、せいぜいゾルからゲルに変化する物質のゾル状態とゲル状態の判別測定に使用することができるだけである。なお、本願発明の明細書の特許請求の範囲の項の「……前記基台停止時の振動を、前記パツケージが平衡状態に達する前に測定し」とは、発明の詳細な説明の項に、「……パツケージの内容物の水力学的な性質に依存するこの基台の運動開始時の加速度または基台停止時における平衡状態に達するまでの振動を測定し」(甲第2号証の2第4頁第17行ないし第20行)と記載され、その実施例として、「……この停止で、可動部は停止最終位置の前後に振動する。……平衡位置を中心とする振動の周波数、減衰および波形はパツケージの内容物に依存する。……この作動信号の後0.10ないし0.30秒間の時間範囲内にコイルKから得られる電圧を測定することにより、この場合パツケージの状態に関する充分な情報が得られる。」(同第7頁第1行ないし第20行)と記載されており、発明の詳細な説明の項のその他の記載にも、基台の運動開始時の加速度又は前記基台停止時の振動をパツケージが平衡状態に達する前に、その時点だけ測定するとの記載がないこと、その他本願発明の願書添付の図面の記載等に徴して、「……振動をパツケージが平衡状態に達する前まで測定し」又は「……達するまで測定し」という意味に解すべきである。
右に述べたとおり、本願発明と引用例記載の発明とはその構成において前記した相違点を有しており、引用例記載の発明が、本願発明の目的達成のために当然要求される機能、すなわち、短時間で多量のパツケージを検査し、その合否を判別するという機能を有しているということができないので、引用例記載の発明の構成をもつてしては、本願発明の目的を達成するための前記具体的技術手段としての構成を採択することは、本願発明の出願時の技術水準から当業者といえども予測し得ないところである。
ところで、本件審決は、(1)引用例記載の発明も測定中の各時点についてみれば、本願発明の測定方法と変わるところがなく、ある時点のみの振動周期をみるためであるならば、短時間の振動でよい、(2)引用例記載の発明で位相差を測定することは、加速度を間接的に測定していることであり、慣性の大きさを加速度という因子で計ることができる、(3)従来の慣用手段を前提に、振動の検出、比較を電子的手段によることは格別困難性がないと認定しているが、(1)の点についていえば、引用例記載の発明の測定対象となる物質は、ゾルからゲルまで刻々と変化する物質であつて、引用例記載の発明において、各時点における振動状態を基準状態と比較するのは、凝固時間を測定するためのプロセスにすぎず、したがつて、振動状態と基準状態とを比較しても、単にある時点の振動出力信号と基準交流信号の位相差が検出されるだけであつて、測定対象となる物質の特性が判明するものではなく、短時間(例えば0.1秒ないし0.3秒間)で測定値と基準値とを比較し、測定される物質の特性を判別し、パツケージの合否を決めるという本願発明の測定方法とは異なること明らかであり、(2)の点についていえば、慣性とは、力を受けなければ運動状態を変えない性質又は力の作用を受けない物体はその速度を変えずに等速度運動を持続する性質(物性)をいうのであつて、物理量ではないのであるから、加速度のような物理量として測定することはできないし、また、前述したとおり、引用例記載の発明は、刻々の液の状態を測定しているものではなく、自由振動の周期の変化を測定しているのであつて、そのために位相差は測定しておらず、位相差を加速度に変換できるとは到底いうことができないのであつて、本件審決における、慣性は運動の速度が変化したとき、すなわち、加速度があるときに表れる性質であるとするのは誤りである。更に、(3)の点についていえば、振動の検出、比較を電子的手段によつて行うことは、本件審決において、本願発明と引用例記載の発明との相違点に指摘されておらず、むしろ両者の共通点として指摘されており、何をもつて格別困難性があるといえないとするのか、論旨が一貫せず、甚だ不明瞭であり、たとえ、振動の検出、比較を電子的手段で行うことが、本願発明と引用例記載の発明との相違点であるとしても、本件審決でいう、不透明な瓶などの密封容器に入つている液の量や性質を知るために、それを振つてみて液の振れ具合や手に伝わる感触や音感で感知するのは、単なる官能検査にすぎず、定性的な検査であつて、これらは本願発明における食料として使われる製品などにおける品質に対する厳しい要求度を満たすための厳密な定量的検査による製品の合否を判定する方法と何ら関係がないのであつて、本件審決の前記認定判断は、いずれも誤つているといわざるを得ない。
3 効果上の差異について
本願発明は、前記のような構成により、パツケージに短い衝撃的な運動を与え、振動信号が発進した後パツケージが平衡状態になるまでの0.1秒ないし0.3秒間の時間範囲内にコイルから得られる電圧を測定することにより、1時間に6000個ないし8000個のパツケージの内容物の状態を検査、判定することができ、このような高速なパツケージ内容検査法によつてはじめて、不良率0.01ないし0.1パーセントのような牛乳製品を全量検査して不良品を排除することが商業的に可能となつたのである。
これに対して、引用例記載の発明は、前記のような構成により、ゾルの凝固時間を自動的に正確に測定するのに用いるもので、ゾルからゲルに変化する物質のゾル状態とゲル状態との判別測定にも使用し得るものではあるが、相の変化を測定するので、測定に長時間を要し、高速で検査することは不可能であつて、本願発明の前述のような効果は引用例記載の発明から到底期待し得なかつたものであり、また、本願発明の特許出願時の技術水準からも予測できないものである。
第3被告の答弁
被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
1 請求の原因1ないし3の事実は、認める。
2 同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。
1 目的の差異について
原告がいう引用例記載の発明は、引用例の特許請求の範囲に記載された発明であつて、その前提においては両者の目的が相違することは認めるが、引用例第2頁第4欄第9行ないし第12行に「広くゾル状態とゲル状態の判別測定に使用して満足な結果を得ることができる。」とあり、この測定も引用例記載の発明の目的の一つに当たることは明らかであつて、本願発明と引用例記載の発明との間にその目的について差異はない。
2 構成上の差異について
本願発明と引用例の特許請求の範囲に記載された発明との間に原告主張のとおりの構成上の差異があることは認めるが、本願発明と引用例記載の発明との間には原告が主張するような顕著な差異はない。すなわち、
引用例記載の発明においては、容器2が自由振動状態に入つた後、「この容器2の実際の振動の周期は磁性体12を挟んで設けられた検出ソレノイド18と振動検出器20とによつて電気信号として検出され」(引用例第1頁第2欄第10行ないし第13行)、一方、この出力信号の外に本願発明における予め選択した基準値に相当する基準交流信号が与えられ、「位相弁別器は二つの信号の位相差を検出して両信号の位相差が小さくなるに従つて段々と増大する出力信号を発生するように動作する。」(同第1頁第2欄第17行ないし第19行)とあるように、位相弁別器からは、両信号の位相差の程度に応じた出力信号が刻々出されるようになつており、ゾル状態かゲル状態かの測定を各時点で行つており、連続的に液の性質を測定していることは明らかである(同第1頁第2欄第10行ないし第2頁第3欄第18行参照)。そして、引用例の特許請求の範囲に記載された発明は、この原理を利用してゾル、すなわち、血液が凝固するまでの時間を測定しているにすぎないのであつて、このことは、引用例に「この発明の凝固時間測定装置は、血液の凝固時間の測定をはじめ、広くゾル状態とゲル状態の判別測定に使用して満足な結果を得ることができる。」(同第2頁第4欄第9行ないし第12行)と明記されていることからも明らかである。そして、引用例記載の発明においても、ゾル・ゲルの判別測定をする際には、出力信号と基準交流信号との位相差によつて位相弁別器が出力を生ずるか否かを読み取るだけの時間があれば十分であつて、短時間で済むから、測定時間に著しい差はない。
以上のように、引用例記載の発明に係る測定装置は、その測定機構を分析すれば、液体を振動させてその周期を測定することにより液体の性状を知るという測定原理によつているもので、その測定原理は本願発明のそれと同じであり、短時間の振動の測定によつて液の性質を知るという点においても同じであつて、本願発明と引用例記載の発明の各構成について、原告が主張するような顕著な差異があるとはいえない。
3 作用効果の点について
引用例には、振動周期などを刻々測定することにより、刻々の時点の液体の性質を知ることができることが示され、また、その手段をゾル状態とゲル状態の判別測定に使用できることが示されているのであつて、後者の場合には、短時間の測定でゲル状態とゾル状態との判別ができるのであるから、本願発明の効果と引用例記載の発明の効果との間に顕著な差異があるとはいえない。
第3証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
(争いのない事実)
1 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
2 引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであること、並びに本願発明と引用例記載の発明との間に本件審決認定の構成上の相違点(1)が存することは原告の自認するところ、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明との対比に当たり、両者の発明の目的、その余の構成及び効果が異なる点を看過し、その結果、本願発明をもつて引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、
前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証の1ないし3(本願発明の願書並びに添付の明細書及び図面)及び第3号証ないし第5号証(昭和56年1月29日付手続補正書、同年10月30日付手続補正書及び昭和57年4月12日付手続補正書)を総合すると、本願発明は、殺菌した牛乳等の液体製品を収容したパツケージの内容を検査する方法に関する発明であつて、通常の工場作業の環境下では牛乳等の液体製品を収容するパツケージのすべてを、完全に殺菌した状態として置くことは不可能で、0.01ないし0.1パーセント程度のパツケージは殺菌されていない状態で牛乳を収容することになるから、右製品が消費者に配達される前に悪くなることがあり、こうしたパツケージを除くことが必要となるところ、そのための検査方法として、可視光線、赤外線、放射線、超音波等を使用する方法が考えられるが、可視光線や赤外線を使用する方法には、アルミニウム箔を添着したセルロースやプラスチツクからなるパツケージには使用できないという、放射線を使用する方法には、パツケージの底部に沈澱物が形成されるという内容物の場合だけしか使用できないという、また、超音波を使用する方法には、検査に長時間を要し、多量のパツケージを迅速に検査することができないという欠点があることから、パツケージの内容物である牛乳等の液体製品が微生物の増殖により酸敗したりすると、粘度に変化を惹起したり、沈澱物を生成したり、相分離等の変化を惹起させたりする等水力学的性質に大きな変化が生ずることに着目し、右課題を解決し、液体製品、殊に、殺菌状態でパツクされた牛乳製品を収容した多量のパツケージの内容を迅速に検査し、パツケージの合否を決定するという目的を達するために、本願発明の要旨のとおりの構成(明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)すなわち、前記閉鎖したパツケージを基台上に載置し、それに短い衝動的な運動を与え、パツケージの内容物の水力学的な性質に依存する基台の運動開始時の加速度及び基台停止時の振動をパツケージが平衡状態に達するまで測定し、この結果得られた値を予め測定した基準値と電子的に比較して、パツケージの内容物の良否を判別するという構成を採用したものであつて、右の構成により、閉鎖パツケージの内容を1時間当たり6000個ないし8000個検査できるという作用効果を奏することを認めることができる。なお、本願発明の明細書の特許請求の範囲の項の「……前記基台停止時の振動を、前記パツケージが平衡状態に達する前に測定し」とは、発明の詳細な説明の項に、「……パツケージの内容物の水力学的な性質に依存するこの基台の運動開始時の加速度または基台停止時における平衡状態に達するまでの振動を測定し」(甲第2号証の2第4頁第17行ないし第20行)と記載され、その実施例として、「……この停止で、可動部は停止最終位置の前後に振動する。……平衡位置を中心とする振動の周波数、減衰および波形はパツケージの内容物に依存する。……この作動信号の後0.10ないし0.30秒間の時間範囲内にコイルKから得られる電圧を測定することにより、この場合パツケージの状態に関する充分な情報が得られる。」(同第7頁第1行ないし第20行)と記載されており、発明の詳細な説明の項のその他の記載にも、基台の運動開始時の加速度又は前記基台停止時の振動をパツケージが平衡状態に達する前に、その時点だけ測定するとの記載がないこと、その他本願発明の願書添付の図面の記載等に徴して、「……振動をパツケージが平衡状態に達するまで測定し」という意味に解すべきである。
これに対し、前記原告の自認に係る引用例の記載内容に成立に争いのない甲第7号証(引用例)を総合すれば、引用例には、(1)容器が装着されている自由振動が可能な振動装置の容器に時間の経過に従つて凝固する性質を有するゾルを収容し、この振動装置を振動させて、容器を自由振動状態とし、自由振動の周期の変化を測定するという構成からなるゾルの凝固時間を測定する装置に関する発明、具体的には、信号発生機で駆動ソレノイドに一ヘルツの基準交流信号を供給して磁性体を振動させ、杆を介して血液を収容した容器を振動せしめ、容器が自由振動状態に入つた後、容器の実際の振動周期を磁性体を挟んで設けられた検出ソレノイドと振動検出器とによつて電気信号として検出したうえ、位相弁別器によつて基準交流信号(信号発生器からの信号)と右検出信号との位相差を検出し、かつ、位相弁別器をして、右の位相差が大きいときは出力を生じないようにし、小さくなるに従つて段々と増大する出力信号を生ずるように設定しておき、時間の経過につれて位相弁別器の出力信号が増大してゆき、右出力が積分器により積分されて所定値に達すると、レベル検出器が動作して、計数器の計数動作を止め、その時点までの時間を、時間表示器に表示するというゾルの凝固時間測定装置に関する発明と、(2)右測定原理を利用したゾル状態とゲル状態との判別測定に関する発明が示唆されていることが認められる。そして、(1)の発明は、従来、血液の凝固時間を測定する場合には、容器に収容した血液を約37度(摂氏)に保ちつつ撹拌棒でかきまわし、撹拌棒の回転が困難になるか、あるいは回転が完全に停止するまでの時間をストツプウオツチで測定するという方法がとられていたが、このような測定方法では、凝固時間を測定中は終始監視していなければならず、非常に面倒であり、また、測定時における凝固の判定が主観的で個人差による誤差が大きく、信頼度に欠ける欠点があつたことから、右課題を解決し、ゾル、特に採取された血液の凝固時間が装置を一旦測定状態にセツトすれば、後は自動的に測定され、しかも測定に個人差が全くなく、極めて正確に凝固時間を測定することのできる凝固時間測定装置を提供することを目的とするものであつて、測定の初期においては、未凝固の血液を入れた容器の振動周期は、未凝固の血液の慣性のために信号発生機により供給される基準交流信号の周期よりも遅れがちとなつて、右の二つの信号の位相差は大きいが、血液が凝固するにつれて、容器の振動周期が基準交流信号の周期に近づき、右の二つの信号の位相差が小さくなることに着目し、右目的を達するために前記構成を採用したものであり、(2)の発明は、測定しようとするものがゾル状態にある場合には、容器に振動を与えても、その振動周期はゾルの慣性のために信号発生機により供給される基準交流信号の周期より遅れがちとなり、右二つの信号の位相差は大きいが、ゲル状態にある場合には、容器の振動周期が基準交流信号の周期に近く、二つの信号の位相差が小さいことに着目し、一定の位相差がある場合に位相弁別器から生ずる出力信号を基準とすることによつて液体の状態を判別しようとするものであることが認められる。
そこで、本願発明と引用例に記載あるいは示唆された発明とを対比してみるに、両発明は、パツケージ(容器)の内容物が、そのときの状態によつて、水力学的性質に相違があることに着目して、液体を収容したパツケージ(容器)を運動させ、それによるパツケージ(容器)の振動を、ある期間、電気信号として測定し、この電気信号を基準の電気信号と比較して、パツケージ(容器)の内容物の状態を判断するようにしたものである点では共通しているといえるが、その具体的構成において、(イ)パツケージ(容器)を運動させるための駆動力を付与する時間について、本願発明では、衝動的に短時間付与するだけで足りるのに対し、引用例に記載された(1)の発明では、測定の全期間にわたつて付与することが必要であり(成立に争いのない甲第6号証によれば、血液の凝固時間を測定するには、5分ないし15分の時間が必要とされている。)、(2)の発明の場合でも、最低限度容器に自由振動を起こさせ、基準交流信号との位相差の程度を判別するために要する時間は必要であり、その時間は、本願発明におけるような短時間ではない点、(ロ)振動の測定方法について、本願発明では、パツケージに衝動的な運動を付与し、それに続く振動が減衰して平衡状態に達するまでの間の加速、減速の振動波形を測定するのに対し、引用例に記載された発明では、減衰することのない自由振動波の周期を測定しており、その測定時間も、本願発明においては0.1秒ないし0.3秒であるのに対し、(1)の発明では、血液が凝固するまでの時間、(2)の発明では、少なくとも位相差の程度を判別できるだけの時間である点、(ハ)基準波と測定波との対比において、本願発明では、予め測定された内容物の変質していないパツケージの振動波形を基準波とし、これの全体波形とその都度測定された個々のパツケージの振動波形とを対比しているのに対し、引用例記載の発明(前記(1)及び(2)の発明)では、容器を自由振動させるために供給した交流信号の周期を基準波とし、これと容器の実際の振動周期(測定波)とを対比している点において相違しており、かつ、引用例には、パツケージ(容器)に極めて短時間の衝撃的運動を付与し、右によつて生ずる振動波形を基準波形と対比するということや減衰する波形を測定すれば短時間(0.1秒ないし0.3秒)でパツケージ(容器)の内容を判別することができること、また、判別の基準となる信号として、容器に振動を与える信号と同一の信号ではなく、望ましい状態にあるパツケージ(容器)の内容物の振動波形を用いるということもこれを示唆する記載がないことが認められる。
被告は、引用例記載の測定装置は、液体を振動させてその周期を測定することにより液体の性状を知るという測定原理によつているものであり、その測定原理は本願発明のそれと同じである旨主張しているが、本願発明と引用例に記載された発明とでは右原理を具体化する具体的な手段が相違しており、発明に用いた原理が共通しているからといつて、直ちに発明の構成に顕著な差異がないとはいえないことは明らかである。
以上のように、本願発明と引用例に記載された(1)及び(2)の発明とは、液体の水力学的性質を利用することによつて、当該液体の状態を測定するという点において共通するものがあるものの、本願発明と引用例記載の(1)の発明とでは、その目的、構成及び効果の点において顕著な違いがあり、また、(2)の発明とでは、液体の状態を判別するという目的の点においても共通するものがあるが、前記認定の構成上の差異及び構成上の差異から生ずる作用効果の点にも顕著な差異があることからして、本願発明は、引用例記載の(1)及び(2)の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとは到底認められず、したがつて、これらの相違点を看過した結果、本願発明は引用例に記載された発明から、当業者が容易に考案することができたものとした本件審決は、違法であつて取消しを免れないものというべきである。
(結語)
3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(武居二郎 清永利亮 川島貴志郎)